潜 裡 眼
No. 6 潜在意識開発 (1)
私が体験してきた不思議な事は、ある時期、ある事がきっかけで急増していった。
潜在意識開発の話に入る前に、私は潜在意識を深く意識できるまでに至った経緯についてもう少し詳しく述べなければならないと思っている。
体験の内容だけでなく、それがどのようなきっかけで現われるようになったかを述べることで、あなたの潜在意識の理解は、より深まっていくだろう。
内容が理解しやすいように、次のように分ける事にした。
(1)では、不思議な体験が急増したきっかけと、それから現在に至るまで。
(2)では、この体験を別な視点から見た、もう一つの無意識による不思議な誘導。
(3)は、潜在意識開発について。
今回は、一つ一つの体験の内容に焦点を当てるのではなく、私の不思議体験を全体的客観的に見つめてみる。
すべての始まりは、人間の生命に関することだった。
私の頭の中に、いつもは考えもしない想像が急に沸いてきたのは、小学3年の頃だった。
私は、宇宙から地球にいる自分自身の命の光を見つめていた。
宇宙では人間の生命のはかなさに比べ、時間の経過が全く感じられなかった。
人間の生命と死を想像したことは、まだ何も知らない子供である私にとって、大変な恐怖になってしまった。
そのことが浮かんで来ると、私はすぐ違う事を考え、絶対その中に入らないようにしてそれを避けていた。
そして、どうにかこのことにはまらずに、過ごして行くことができた。
初めてUFOを見たのは小学6年で、二度目が高校3年の頃だった。
不思議な体験をした回数は、18才位までに5,6回、その後は年に2,3回程度だった。
そして、私が21才の頃だったと思うが、あることをきっかけに私の不思議な体験は急激に増えて行ったのである。
ある日私が何気なく新聞を見ていると、下段にある本の宣伝広告に目が止まった。
それは、中国の思想で「荘子」という本の広告であったが、そのときの私には全く関係の無い本であった。
というのも、それまでの私は、思想・哲学・宗教・精神世界などの本は手に取った事さえ一度もなかったからだ。
しかし、何故かこのときは心の奥の方で、今までの自分になかった衝動を感じ、この本に異常に興味を持った。
そしてその翌日、本屋へ行き、その本を買い求めた。
この時、私が異常に反応したことは、今でもはっきり憶えているほどである。
今、自分の本棚からその本を取り出して見ると、本の帯に「如何に脱却して真の自由をつかむか。生の手ごたえを求めて・・・」と書かれている。
確か、その当時見た新聞広告も、このような内容紹介であった。
私は内容も分からずに読んでいったのであるが、その中で一箇所だけ強く引き付けられたところがあった。
それは、今でも私の心に強烈な印象として残っている言葉であり、私の人生を大きく変えた言葉でもある。
私が影響を受けた言葉は、「天籟(てんらい)を聞く」というものだった。
「天籟を聞く」というところを簡単に説明すると、そこには師と弟子の言葉の理解におけるやりとりが書かれている。
ここでは、「天籟」以外に、「人籟」と「地籟」という言葉が出てくる。
「籟」とは「こえ」とか「ひびき」のことである。
この3つの言葉の意味について、師と弟子は問答をする。
師は、弟子が人籟と地籟の深い意味を少しずつ理解してきたのを知ったが、天籟を聞く境地には、まだまだ達していないといった内容である。
私は、自分を強く引き付けたこの言葉の意味だけを考えていると、そのうちなんとなく心の奥から何かを感じるようになっていた。
そして、何日か経つうちにこの文の意味が明確になり、私は次のように解釈をした。
音は、そのものから来る波動(振動波)、または第六感で感じるもの。
地籟は、地震や気象現象。また異常気象による災害を現すもの。
人籟は、人の心にある想いや感情そしてオーラ。それに人の活力(生命力)や「気」。
天籟は、これから起こる事象や、今他のところで起こっていることを知らせてくれる力。インスピレーションや気付き。 第六感。
私は、何の確証もない自分勝手な解釈を、何の疑いもなく信じ実践に移していった。
実践に移すといっても、特別何かをすることでも、何かを強く期待するわけでもなく、ただ自然に人からは静かにその人の波動を受け取るだけ、そして寝るときは何かの感じ(地籟・天籟)を受けられればいいという気持ちになっていただけである。
私は、毎日このような気持ちを持っていたと記憶している。
それから何ヶ月たったかは忘れたが、次々と不思議な事が起こってきた。
それは、第六感・正夢・幽体離脱・地震予知夢・その他名前の付けられないような体験などで、その種類も数も多かった。
私の20代に体験した不思議な事は、自分が今まで体験した数の半分以上は占めるのである。
そして、このような体験は今でも続いている。
その内容も、インスピレーションや気付き、そして無意識で見た言葉に表せない映像、またテレビを見ていて有名人の波動から分かる意識状態(病気・事件・死など)、その他にもただ不思議としか言えないような事もいろいろある。
私が「天籟を聞く」という言葉から解釈したことは、今でも実践しているのである。
その集中法も変わっていない。
私は、何かにまたはその対象に強く集中するのではなく、自分が意識する対象のすべてを自分に集中させ、それから来るものを受けようとするのである。
(1)では、不思議な体験の現象に焦点を当ててきたが、(2)では、私にこの不思議を体験させるに至らせた「無意識の不思議」を考察してみる。